篠原国幹 戦没の地

西南戦争遺跡

玉東町の原倉地区にある西南戦争の遺跡。

篠原国幹(しのはらくにもと)は西南戦争時に薩軍の士官として戦った人物です。
西南戦争最大の激戦「田原坂の戦い」の前日、この場所で官軍の銃弾を受け亡くなりました。

不言実行の人物として西郷の最大の信頼を得ていた篠原は、
西南戦争では薩軍一番大隊長として活躍しました。
田原坂西方の原倉の地では、緋裏のマントを翻し、
銀色の大太刀をふるい陣頭指揮をとっていたところを
かつての部下に狙撃され倒れたといいます。
享年40。

彼の雄姿を偲んで植えられた一本桜は今も美しくその枝を広げており、
桜の名所としても有名です。
地元の人からは「こっかん(国幹の音読み)」桜と呼ばれ親しまれています。

アクセス

木葉駅から車で15分ほどで来ることができます。熊本市方面からは、熊本田原坂線から天水方面に広域農道を曲がって来ることもできます。

ギャラリー

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